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    留学?国际交流

    ベルリン自由大学 吉田岳史さん(芸术学部)

    ベルリン自由大学交换留学报告书

    1年间のベルリンでの留学で私が得た事、それを述べるには纸が何枚あっても足りないだろう。様々な事を学んだのは确かだが、具体的に何を学んだのか、一番影响された事について、ここで述べてみたい。

    一番は、やはりいくつかの重要な「考え方」を学んだ事だと思う。
    「大学」という场では、スペシャリストと呼ばれる専门家の育成に焦点が行きがちだが、今のグローバルな社会では、様々な物事に兴味を持ち、全体を総合的に考えられるジェネラリストも必要だという事。狭くて深い知识も必要だが、教养と呼ばれる広く浅い知识も持ち合わせていないと、専门を超えた议论が成立しにくい。専门を超えた议论や世界中の人々にとって普遍的な问题は、これから非常に重要になってくる。いわゆる万人に共通の问题、环境问题や人権问题、原子力运动、宪法改正、冲縄军事基地问题、フクシマの问题など。自分の事だけでなく、常に社会の一员として活动する事。これが重要である。しかし、なぜそういう视野が必要なのか。

    それは、仆たちを取り巻く社会システムにもう限界が来ているからだ。たとえば、その一つに、民主主义があげられる。民主主义という言叶は古代ギリシャ语のdemoskratiaに由来する。demos は(国民)、kratiaは(権力)の意味。権力は国民に由来し、権力を国民が行使するという考えである。そのための前提条件として、まず国民が5亿彩票注册登陆elbstständig denken、要するに自分の头で考えられる能力が必要である。今の「民主主义=多数决」となっているのも问题であろう。民主主义社会に生きる仆らは、基本的人権を始め権利の主张だけでなく、その反対侧にある义务の方も果たさなくてはならない。

    つまり、国民主権(5亿彩票注册登陆olkssouveränität )というのは、国の最终的なあり方を决定するのは国民である、という事。テレビや5亿彩票注册登陆、インターネット、友人との意见交换、海外メディアなどを比较検讨し、総合的に判断する。それが民主主义国家に生きる仆らの义务なのだ。感情论や目先の利益などに流されないで客観视をするにはある程度の训练を必要とするが、日本の义务5亿彩票注册登陆ではそのような训练を残念ながらしていない。つまり、日本の义务5亿彩票注册登陆では民主主义国家に必要な人材を5亿彩票注册登陆していない。これは、矛盾である。もちろん、日本人の民族性というモノも考虑に入れる必要がある。「出る杭は打たれる」「长い物に巻かれろ」ということわざにも代表されるように、昔ながらの日本人の生きる知恵というのも存在すると思う。しかし、21世纪に生きる仆らは一种の二重人格性を强いられる状况にいると考えるべきである。つまり、民主主义という本来欧米より输入されたシステムのルールには従わないといけない。立宪君主国に生きる仆らには宪法という国を缚る、国の暴走を押さえる権利を持つ代わりに、法律を守らなければならない。ただ、それと同时に文化的な侧面、日本の美しい风土、建筑、伝统工芸、文学、これらは守っていく必要がある。グローバリゼーションという名の「画一化」に日本のすべてを任せてはいけない。5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆などもそうだ。外国から安くて遗伝子组み换えの米が関税撤廃で输入されたら、日本の米文化はどうなるのか。食料自给率100%の米さえもアメリカにゆだねるような社会になれば、それは日本の农业の破灭である。日本人は海外から食料をすべて頼らないといけない世界になってしまう。ただ闇云に、日本は美しいなどと発言するとナショナリズムに结びついてしまうのでそこは丁宁に言叶を慎重に选びながら、発言、表现していくべきである。しかし、もはや右とか左とか、资本主义、社会主义とか言う时代は终わり、もっとフレキシブルに个々の问题をより具体的に考えいくべき时代に仆らは生きている。それは、ある意味、二重人格性というか、自己矛盾というか非常に苦しい、アイデンティティの丧失みたいなコトと付きあっていかないといけないが、そこは覚悟して生きていかなければならない。

    そのような事を、私はベルリンにて、ナチスの犯した过ち、歴史认识、过去の罪に対する意识と责任と5亿彩票注册登陆、ドイツ人政治家によるユダヤ人への谢罪、原子力発电に対しはっきりと5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆と言ったドイツ国民达と议论を重ねる中で学んだ。
    このままでは、日本は精神的に遅れていくだろう。どうにかして、日本独特の「平和ボケ」から抜け出していかなければならない。しかし、それと同时に日本の食文化初め美しい物も文化相対主义の立场から残していかなければ、それは、日本がアメリカになる瞬间である。个性のない世界ほど、つまらない世界はない。

    政治を考えるというのは、歴史を考えるという事でもある。温故知新という言叶があるように歴史を忘れて前へ突き进んでいく事はできない。むしろ、歴史の中にこそ、学ぶべき事がたくさんあるはずである。大きな流れの中で明治维新あたりから歴史を読み直す。先代たちの努力によって今の日本があるという事に认识し、そして感谢し、それらを次の世代へと受け継ぐべき立派な大义名分が自分たちにあるという事を理解する。この义务を果たさずして権利ばかり主张するエゴイストがこの世には多すぎる。これは、ドイツにも言える事だが。

    他にも、大量消费社会というシステムも今限界に来ている。消费という悪循环から逃れることができない现代人。先进国の通ってきた道を缲り返す後进诸国。「消费は美しい」というのは人间の伪善であって、かけがえのない地球のための言叶ではない。発展途上国では有名なブランドの靴や服を作るために一日100円ほどの日给で働いている子供达が大势いる。その靴や服を1万円で买うおかしなシステムが资本主义なのである。「モッタイナイ」という国际用语は、この消费社会に対するアンチテーゼである。ぼくたちは、そのシステムにもう一度向き合って、それらの枠组みをハードとソフトの両面から见直すべき时期にいると思う。そのためには、真挚にそれらの问题に向き合って、お互いの立场を尊重しながら议论を进める必要があると思う。もちろん、议论の前提条件として自由に発言できる场を设け、匿名ではなく実名で、自分の発言に责任を持って进めていく、そういった姿势が必要であろう。

    この一年间で得た事は、自らの専攻である建筑学を他分野から见つめ直す良い机会でもあった。演剧学、空间学、现象学、雰囲気论、気分论、哲学、政治学、空理空论ではなく実用的な学问に触れる事が出来た。私は、ベルリンで出来うる様々なイベント、美术馆、演剧、音楽、建筑に触れてきた。これは、日本大学の交换留学を最大限に生かした素晴らしい留学だったと思う。

    日本帰国後も、山中湖で开催されたインターウニゼミナールに参加してきた。5日间、东京大学、早稲田大学、庆応大学などで学ぶハイレベルな学生达とドイツ语で议论をした。テーマは、「5亿彩票注册登陆ie 5亿彩票注册登陆timme die 5亿彩票注册登陆ürger(市民の声)」という难しい议题で、宪法改正、自己矛盾、学生运动、ナショナリズムなど様々な深い部分まで议论が及んだ。私のドイツ语も上达し、楽しいゼミナールになった。このような活动には今後も参加していきたいと思う。
    留学は、5亿彩票注册登陆ethode(方法)であって、 5亿彩票注册登陆iel(目标)ではない。それは、はっきりと今回の留学で意识が出来た。今後とも、建筑学の勉强だけでなく、日本とドイツの架け桥となれるような活动をしていきたいと思う。
    このような素晴らしい机会を与えてくれた日本大学に感谢致します。
    ドイツ语コースの时の仲间达です。

    2013年7月3日

    留学生活も残す所わずかとなり、自分のベルリンでの一年间を内省する时期にきています。自分がこの一年间で、何を得て、何を得なかったのか、そして、その経験、知识を生かして日本で出来る事は何なのか。今月の月例报告书では、自分がこの1年间で得た新しい考え方について书いてみようと思います。

    私は、日本大学芸术学部にて建筑学を勉强しておりますが、派遣先のベルリン自由大学では演剧学を専攻しております。もともと、空间、雰囲気、はかさな、一回性(その场でしかできないたった一度きりの体験)、交换不可能な価値、関系性というテーマに兴味があったからです。

    一年间ベルリンという土地を生かして、様々なアート、建筑、演剧、映画、音楽、哲学に触れてきました。哲学で言えばボルノーの気分论、ガストンバシュラールの空间学、メルロ?ポンティの现象学、演剧で言えばアーサー?ミラーのような三统一を守った古典作品から不条理演剧の杰作サミュエル?ベケット、また5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆ergmanのようなエポックメーキングな现代演剧にいたるまで。映画でいえば、何と言ってもミシャエル?ハネケ监督の「5亿彩票注册登陆iebe」という映画史に残る作品。「老いと爱」という非常に人间らしいテーマであるとともに、人生の最期という人类共通の究极のテーマを扱った作品でもあります。ドイツ语コースでその映画についてのプレゼンを行う事もあり、その映画のコンセプト、哲学、メッセージ、作品の深い所まで触れる事が出来ました。絵画で言えば、ダリやマグリットのシュールレアリズム、ジャコメッティの雕刻、カンディンスキーやモンドリアン、パウルクレーのキュビズム、モジリアーニの人物画、ピカノやファンゴッホ、モネやマネの印象派に至るまで、美术馆もたくさん访れました。他にも、日本の是枝监督の事や、鬼才ピナバウシュのダンス、坂口恭平の「0円ハウス」、ティンゲリーの雕刻の事もこちらへ来てはじめて知りました。それらの知识、経験は、ベルリンに来ないと触れる事の出来なかった人、モノ、事ばかりであり、この一年间での経験が仆に与えた影响は计り知れません。まさに、ヴァルター?ベンヤミンの言うアウラに満ちた一年间であり、これらの経験は间违いなく、仆の血となり肉となり今後の自分の活动に生きてくると思います。そう信じています。このような贵重な机会を与えてくださった日本大学に感谢するとともに、これからも自分の知识、経験、人间性を磨くために日々精进して参りたいと思っております。

    その中でも一番おもしろいと思った考えは、「身体性」という考え方です。つまり、现代人は情报技术の発展によりパソコンに囲まれて生活する事を余仪なくされていますが、そのせいで身体性を失って生きてはいないか、という问题提起です。仆たちを取り囲む世界、システム自体が身体性を感じにくい环境になってはいないか。つまり、人间は身体と心がつながって生きていくべきなのに、パソコンに囲まれた毎日を送ると头の方はフル回転でも、体が腐っていくという事実です。1日中オフィスに座ってパソコンを眺めていても新しいアイディアや考えや生まれてきません。なぜなら、そこで使っているのは头だけであり、そこに身体性が伴っていないからです。それでは、ただのオペレーターであり、机械と変わりありません。そうではなく、「さぁ、本を舍て街に出よう」という寺山修司の言叶ではないですが、街に出て体を动かす。一日中本を読んで図书馆にこもるのではなく、街に出て人と话してみる。その日にしか出来ない、交换不可能なオリジナルな一日を体験してみる。(そういう魅力が都市にはあります。)そして、それらを积み重ねる。そういう刺激を毎日身体に与える事こそ、人间の感性が磨かれていく唯一の方法ではないかと思うのです。これは、「オリジナル」という考え方にも近いかもしれません。画一的な环境で生きることに惯れてきた日本人たちは、オリジナル性を失っています。例えば、冷冻食品などを毎日食べるという事は、毎日同じような味ばかりを食べているという事です。それは、要するに毎日コピー&ペーストの食事ばかりをしているという事であり、それでは味覚も钝感になってきます。人间は车ではありません。车のように毎日、ガソリンだけを补给すれば良いわけではないのです。

    头で考えれば、何でも良いから食べ物を与えれば良いと思うかもしれませんが、身体はそれを求めているわけではありません。そうではなく、毎日バランス良く、そして様々な食事に触れる、経験する。身体に刺激を与える。この事が重要になってくるのではないでしょうか。また、「食べる」だけでなく「作る」経験も非常に人间らしい行为だと思います。冷蔵库を开けて、今日残っている品を见て、それらをクリエイティブにあわせてブリコラージュにしていく。これが、人间らしいオリジナルの力だと思うのです。机械には出来ないクリエイティビティだと思うのです。その事を忘れ、毎日コンビニ弁当で満足しているようでは、人间らしさが失われていってしまいます。人间が机械になっていくのです。そうすると人间は过ちを犯します。感情を失ったシステマティックな人间达は、ヒトラーのような过ちを犯します。ジョージ?オーウェルの言う「1984年」の世界観です。よって、人间が人间でいるためには、身体性の确保、すなわちオリジナルな交换不可能な毎日を経験していく事が何よりも重要な事なのです。「生きる」という事なのです。コピー&ペーストの何の変哲もない毎日を生きるのではなくて、変化を楽しむ、今を生きる、そういう姿势が必要かと思います。そうしないと、いつのまにか、身体性が人间から离れて、人间は机械になってしまうと思います。
    ドイツ北部のロストックでの町并み
    都市と人间との関系性が非常に绮丽に纳まっている。

    2013年6月6日

    いよいよ留学生活も终盘に入り、様々な出来事に思いを巡らせながら、残された留学期间をどうしたらもっと有意义に过ごせるのか、毎日考えております。ドイツ映画をテーマに扱うドイツ语コースでは、昨年カンヌ映画祭でパルム?ドムール(最高赏)を受赏したミヒャエル?ハイネケ监督の「5亿彩票注册登陆iebe」という映画についてのプレゼンテーションをすることになりました。最近はその准备に忙しく、ドイツ语だけでなく、内容的にも良いプレゼンが出来たら良いなと思い、そのためにも、予定をしっかりと组んで准备をして、様々な角度からその映画を见つめ、客観的な意见も取り入れながら仲间と共にデザインしていく必要があると思います。また最近疑问に思う事は、日本の「受験」を目标にした义务5亿彩票注册登陆のやり方についてです。论理的な能力の育成、使える英语5亿彩票注册登陆、日本の歴史认识、他者へと意见を発信する力(伝える力)、など本来グローバルな人材に必要な事が、今の义务5亿彩票注册登陆では5亿彩票注册登陆されていない、とつくづく思います。懐疑的な批判的な考え方は日本ではあまり受け入れられませんし、出る杭は打たれるとも言います。

    画一的な雰囲気に饮み込まれた时、それは即ち、自分の头で考える事を忘れた时であり、それほど危険な状况はありません。先周の金曜日から日曜日にかけて、ポーランドのアウシュビッツ强制収容所へ行ってきましたが、そこで学んだのは、150 万人ものユダヤ人を始めとする罪なき人间达が、非常に合理的に、システマティックに毎日杀されていったという、「人间の残酷さ」であります。谁もその状况の异常性に気づかなかった。

    気づいたとしても、5亿彩票注册登陆o と言えなかった。こういう状况は、自分で考える头を失ったロボット人间に起きる悲剧です。私たちは歴史から学ばなければなりません。悲剧を缲り返さないためにも、私たちは学ぶ必要があるのです。それは、生きる义务みたいなモノです。确かに今までは日本らしい5亿彩票注册登陆方法で良かったのかもしれませんが、これからは违います。政治、経済、文化、そして人间がグローバルに交差する现代社会において、今後、日本がひとりで生きていくことはできません。アジア近隣诸国やアメリカ、中国、5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆 と协力しながら、持続可能な世界を目指していくのに、グローバル人材育成は必须课题なのです。そこで大事になってくるのが、他者との前提条件の共有です。たとえば、「正义」という言叶がありますが、それはあくまで相対的な概念です。様々なバックグランドを持った人たちの中で、絶対的な正义と言う概念は通用しません。そのことをしっかりと理解した上で、自分の意见が絶対正しいという自己陶酔に陥る事なく、より柔软に、それぞれの立场、意见を尊重しながらグループディスカッションしていく、そういう前提条件の共有が必要だと思うのです。そういうそもそも论を疎かにして、理论や哲学を勉强しても意味がありません。例えて言うなら、歴史の授业で、○○年に何が起きたか、という「事実」と言われているモノを集中的に学ぶのではなくて、歴史という定义自体が、そもそもある一つの证拠に基づいた一つの客観的意见である、という大きな枠组みから勉强すべきなのです。そういう懐疑的な见方なしで、先生が言った事がすべて正しいという、ほとんど独裁に近い状况になってしまうと、それは中立的な歴史ではなく、非常に偏った意见の押しつけになってしまいます。そうではなく、先生、生徒、先辈、後辈、そういうヒエラルキーのない自由な讨论を缲り返す事で、他者との立场の违いを认识しながら、自らの意见を、他者を通して客観的に见つめる事を学ぶのです。

    そういう5亿彩票注册登陆の仕方は、明らかにヨーロッパの方が进んでいると思います。
    写真:ポーランドのアウシュビッツ强制収容所にて。これほど、メッセージ性の强い展示はないと思う。やはり、仆たちは、その悲剧の地へと自らの体で赴き、五感で感じることが必要だと思う。それが、唯一の戦争を止める方法であろう。

    2013年5月1日

    夏学期が始まりました。冬学期で学んだ演剧学の基础を生かし、夏学期では、より実践的な授业を履修するようにしています。授业内容は以下の通りです。

    ?「ジェンダー的な问题をいかにパフォーマンスとして表现するのか」
    ゲイやレズビアン、社会的な女性としての立场、など今まで社会的弱者とされてきた人たちを问题视するジェンダー问题。それらのアンチ政治的な表现としてのパフォーマンス。オノヨーコ、マリーナアブラモヴィッチ、アランカプローなどを例にパフォーマンスにしか出来ない事を学び、最终的には自分のプロジェクトを提案して、ベルリンの美术馆(5亿彩票注册登陆kademie der 5亿彩票注册登陆unst)に展示します。

    ?「演剧ではないパフォーマンスの魅力とは何か」
    演剧とパフォーマンスの违いを主に学びます。観客との距离が近いパフォーマンスの魅力、危険、はかなさ、雰囲気。絵画や雕刻との関系も学びます。

    ?「剧作家サミュエルベケットの不条理演剧」
    不条理演剧の神様と言われるサミュエルベケットを中心に学びます。ベケットの不条理演剧とは何なのか。二つの世界大戦の时代に生きたコンテクスト、少年ベケットへの影响。5亿彩票注册登陆erliner ensemble や5亿彩票注册登陆eutsches 5亿彩票注册登陆heater などへも访れ、「ゴドーを待ちながら」や「胜负の终わり」など理论だけでなく、実践的に学んでいきます。自分の中では、ペケット空间と言われる「なにもない空间」(ピーターブルック书)に通じるような演剧が生成する空间を研究していきたいと思います。

    ?哲学的考察:「空间」という概念(ベルリン芸术大学での聴讲生)
    フーコー「监狱の歴史」、ガストンバシュラール「空间の私学」、イーツーファン「空间の経験」、ハンナアーレント「人间の条件」などを読み込み、改めて、空间、环境、社会的システムが抱える问题点について理解を深めていきます。最终的には、演剧と空间、建筑と空间、パフォーマンスと空间、という自分が兴味あるテーマに昇华していきたいです。

    ?ドイツ语コース「ベルリンと映画」
    ベルリンと映画というテーマでドイツ语を学んでいきます。昨年度オスカーを获得したミヒャエルハイネヶ监督の「5亿彩票注册登陆iebe」という映画についてのプレゼンテーションを目标に、5亿彩票注册登陆assiv や5亿彩票注册登陆onjuktiv など文法を中心に学んで行きます。
    また、5月の终わりには、ポーランドのアウシュビッツ强制収容所へも行こうと思っております。

    ?次年度派遣候补生へのアドバイス
    自分のやりたい事をしっかりと明确に计画すること。そうすれば、派遣先のベルリン自由大学だけでなく、ベルリン芸术大学やフンボルト大学、ベルリン工科大学へも聴讲生として授业を受ける事が出来る。

    日本にいる间も、自分の専门用语(5亿彩票注册登陆achwörter)をしっかりと头に入れておく。そうすれば、少し话すのが早い教授の话も、全体は理解できなくても、部分部分で理解する事が可能。
    5亿彩票注册登陆tadtbibliothek(市立図书馆)に登録する事で、本や5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆 を借りる事が可能。しかし、5亿彩票注册登陆taatsbibliothek(国立図书馆)とは别物なので注意する事。

    5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆(シェアルーム)に问题があるときは、シェアルーム会议を开き、みんなでデモクラシーで议论する事。この时に、自分の意见、立ち位置をしっかりと主张する事。家、つまり帰る所で问题があると、勉学にも支障を来す可能性あり。

    私は、いまのところ経験はしていないが、他の日本人留学生が道を歩いている途中に、ドイツ人に唾をかけられるという事件が発生。外国にいるというのは、自分たちが彼らから见て外国人だという事。今では、アジア人に対する偏见は少なくはなっているが、外国人というのは、国民のフラストレーションの矛先になりやすい存在なので、十分に注意する事。
    周末を利用して、5亿彩票注册登陆auhaus の本拠地である5亿彩票注册登陆essau 市へ行ってきました。

    2013年4月6日

    2月21日から4月4日にかけて、ヨーロッパの建筑を巡る旅をしておりました。私の専门である建筑学というものは、教科书やネットなどで得る间接的な情报では、全てを把握するのは不可能なため、自分の目と体を使って、直接的な経験をしたいと思い、この旅を计画いたしました。

    近代建筑の父と言われているル?コルビュジェの作品を始め、バウハウス三台目校长のミース?ファン?デル?ローエの作品、アールヌーボーのガウディやオルタ、最近注目されていて、この间高松殿下记念世界文化赏を受赏したスイスの建筑家ピーターズントーの作品。ポルトガルの巨匠アルバロ?シザに、アメリカの脱构筑主义フランク?5亿彩票注册登陆?ゲーリーやオランダのレム?コールハウスの作品。パリのポンピドゥーセンターで世界的に注目されたイタリア人建筑家レンゾ?ピアノの作品。さらには、日本人建筑家、安藤忠雄や5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆(妹岛和代+西沢立卫)の作品に至るまで。また、现代建筑だけでなく、古都ポルトやカタルーニャ?バルセロナの町并み。スイスのベルンやバーゼルに至るまで。日本の都市にはない魅力的なヨーロッパの町を眺め、感じ、歩いてくる事ができました。旅中は、何度もメモを取ったり、写真、スケッチをしたりと、とても有意义な时间を过ごす事ができました。

    建筑というのは、建物という「ハコ」の事をさすわけではなく、その周りにある环境、社会システム、人々、コミュニティまでを総括した総合プロデゥースとしての作品なのです。たとえば、エッフェル塔をとって、そのまま日本に持ってきても、あのパリの雰囲気を感じる事はできません。エッフェル塔が作られる(または、作られた)そのコンテクスト(文脉)の理解が非常に大事なのです。つまり、时代や场所、风土や気候が作り出すその「场所の空気」、これを体験しないで建筑を语る事はできません。ガウディは彼が天才だったわけではなく、カタルーニャというスペインの中でも特殊な风土が彼を生み出したのです。今、一番注目されているスペイン建筑家のサンディアゴ?カラトラバもカタルーニャ地方の出身です。つまり、ガウディの建筑を理解するには、その建物を见るだけでなく、カタルーニャ人と一绪に食べ、饮み、寝る。その人たちと同じものを食べ、同じ空気を吸い、できれば同じ言叶を话すように努める。これが、私の考える「旅」の定义です。つまり、これは、旅行ではありません。観察者としてある一定の距离をとるのではなく、自分から现地人の懐に飞び込んで行く、この行动力が非常に重要だと思うのです。

    最近注目される建筑は、ファッションのように、あまりに脆く、変化しやすく、その时代の人々の兴味によって多いに影响されるものではあるのですが、そのなかでも普遍的な本当に良い建筑というのも存在します、つまり、どの时代の人间も共感する最高の建筑というものです。たとえば、ヨーロッパに数多く存在するカトリックのゴシック教会です。天へとのびるその塔からは优しい光が降り注ぎます。何十年、いや何百年もかけて、作られた几多の雕刻たちは、作り手たちの爱によって、とても复雑で美しい作品になります。现代のように高度资本主义社会の竞争原理や大量消费にはない、「宗教」のあった时代の建筑たちです。その教会という空间に賛美歌が流れるのを闻いていると、これはこの时代のものではないのではないか?自分は、今、本当に地球上にいるのだろうか、という気すらしてきます。つまり、私が否定したいのは、现代人のエゴということです。自分たちは头が良いと思っていて、机械やインターネットを使えて何不自由ない生活を送っていると思っている。しかし、本当に现代人は昔の人々より豊かなのだろうか。利便性や合理性を优先して、宗教や隣人爱、思いやりや共同体、というものを忘れてきたのではなかろうか、と。京都という町は日本が世界に夸るべきすばらしい古都です。しかし、何年か前に建てられた建筑家原広司による京都駅を始め、京都という町の雰囲気をどんどん壊していく建物がたくさんあります。また、京都北山の円通寺という寺庭には、「借景」という手法が使われていて、何キロも先ある比叡山の景色を、文字通り、借りてきて、自分の庭の风景の一部として取り込んでいるのです。その风景は见事なもので、清闲で、非常に趣のあるお庭です。しかし、非常に残念なのが、最近、その比叡山の中腹にマンションの建设计画があがったというのです。たしかに、彼らにしてみれば、文化や美学、美徳よりもマンションを建てて、部屋を少しでも売って、金储けをする、という事の方が大事かもしれません。でも、だからといって、このフラジャイルな「文化」をそれだけの理由で壊してしまってよいのでしょうか。问题は、後戻りはできないという事です。これは今の世界が抱えている「グローバリゼーション」と「文化相対主义」という大きな対立関系に似ています。どちらも正义であって、どちらも间违いである。両方にウルトラマンがいるようなイメージです。だから、解决が难しい、というか解决はできない。だからといって、テーゼ、アンチテーゼの言い合いでは、水挂け论というか、批评ばかりになってしまう。そこで、やはり重要になってくるのが、ヘーゲルの提唱した弁证法の「アウフヘーベン」という概念です。

    アウフヘーベンというのは、もともと持ち上げるという意味ですが、つまり、二つの対立する概念があり、その対立関系を否定し、両者の内容を保ちながらも、それらを新しい秩序に取り组んで、より高い次元で统一する、という事です。もちろん、それが难しいのは知っていますが、だからといって、自分の言いたいことだけを言っていては何も始まりません。そうではなくて、良い意味で妥协して、折り合いを付けて、前に进んで行く。あきらめないで、妥协案を探していく。この事が、今の世界についても、建筑业界と资本主义の関系についても言える事ではないか、と思うのです。
    フランス、リオン市郊外のル?コルビュジェ设计のラトゥーレッと修道院に宿泊してきました。とても小さな僧房でしたが、しっかりとモジュールによる计算がなされ、気持ちのよい空间となっていました。将来、こんな建筑が设计できたらと思います。

    2013年2月21日

    5亿彩票注册登陆intersemester(冬学期)が无事に终わり、演剧学の讲义とゼミナールの5亿彩票注册登陆ausarbeit(课题)を提出しました。もちろん、交换留学生ということで、少し多めには见てもらいましたが、自分の今できる精一杯のドイツ语で、ドイツ人の友达に相谈しながら、レポートを3 部提出しました。自分の见て感动した演剧についてのレポートだったので、とてもおもしろかったです。
    演剧というのは、非常に人间らしい行为だと思います。つまり、俳优と観客という、见る见られる関系が成り立つものをそう呼ぶわけですが、これは、いわゆる5亿彩票注册登陆ace to 5亿彩票注册登陆aceという直接的なコミュニケーションだと思うのです。俳优さんの声の调子やトーン、その日の気分によって左右される演剧の魅力は、なんといってもその「一回性」つまり、その场でしか、その时间でしか体験できない、たった一度限りの経験だと思います。映画やテレビは、コピー&ペーストで何回も全く同じものを见る事ができますが、演剧は、剧场という一种の闭锁的な空间で、皆が肩を寄せ合い、同じ时间と空间を共有するというものですので、ベンヤミンの言うアウラの含んだ経験だと思うのです。それは、建筑や住宅にも共通する事で、今後とも、自分の兴味ある「崩壊した中规模コミュニティの再生」というテーマで考えていきたいと思います。
    先周、テストが终わった後、ベルリン国际映画祭に行ってきたのですが、世界中から来た若いアーティストたちが、社会的な问题をテーマにした作品を上映していました。また、日本からの作品も多く、久しぶりに日本の雰囲気というものを感じられました。山田洋次监督の「东京家族」という作品を见ましたが、それは小津安二郎の「东京物语」のオマージュで、言ってみれば、「现代版东京物语」だったので、自分の家族と照らし合わせて考える事ができました。みな祖父母という存在は大事にしたい、孝行したいとは思うのですが、现代チルドレンたちは、塾に习い事に宿题にテレビ番组とやる事がいっぱいあります。彼らは、もちろん时间があったら、ゆっくりおじいさんやおばあさんと话をしたいし、戦争の事や昔の事、「亀の甲より年の功」というように、学校の先生からは学べないたくさんの経験に基づいた生きた知恵を学びたいと心の底では思っています。しかし、彼らは、それはテストにでないから、とか、そんなつまらないリアリティのない戦争の话より、音楽番组やお笑い番组などを见て笑っていたい、と考えているのでないでしょうか。儒教的な考えというよりは、合理的に割り切って、自分の时间を割いている。それは、本当に悲しい事ですし、目の前の物事、効率、利便性、だけを优先する高度资本主义消费世界の罠だと思います。家族というシステムが崩壊しつつある现代において、もう一度、「家族」という环境は何なのか?考えるべき时期だと思います。このままでは、核家族ではなくて、核个人になってしまいます。この状态は、なんとしても回避しないといけません。

    「东京家族」の中で、おじいさんが饮み屋で言っていたコメントが脳里をよぎります。
    「この国は、どっかで道を误ってしまったんじゃ。このままじゃ、いけん。このままじゃ、いけん。」残りの半年も、ベルリンでしっかり勉强して、自分が、日本のために、世界のために、できる事は何なのか、考えたいと思います。
    ベルリン自由大学の国际交流室の企画した远足に参加してきました。5亿彩票注册登陆eipzigへ行き、バッハやメンデルゾーンが暮らした由绪ある街でした。

    2013年2月1日

    明けまして、おめでとうございます。おかげさまで、无事に、身も心も一番良い形で、新年を迎えることができました。このような素晴らしい机会を与えてくださった日本大学には本当に感谢しております。この感谢の気持ちを忘れることなく、今後とも自分の活动に生かして行けたらなと思います。いよいよ、演剧学の5亿彩票注册登陆ausarbeit(レポート)提出の时期となりました。ドイツ语で书くので、少し早めに进めて、後でドイツ人の友达にチェックしてもらおうと思います。话す言叶と书く言叶では、日本语も同じように、ドイツ语も违いが多いので、しっかりと计画してやって行きたいと思います。レポートの内容も、自分が半年间に见てきた演剧の中から一番影响を受けた演剧について书こうと思っております。また、先周の月曜日に、ベルリン芸术大学にて、フランスの都市计画家ドミニク?ペロー氏の讲演会がありました。

    「5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆onday」と言って、毎周月曜日に着名な建筑家?デザイナーに来ていただいて、讲演をやるというものです。无料というのもあって、毎回、学生は満员で、仆のようなベルリン自由大学から来る、いわゆる潜りもいるため、大変な热気です。このような仕组みは本当に毎回感心致します。つまり、教授と言う理论ベースの机上の空论に比べ、世界の最前线にいる建筑家の言叶はとても説得力に満ちているのです。実践ありき、経験に基づいた思考、哲学は、难解と思いきや、まるで诗人のように、とてもソフトに建筑を语ります。それが、また魅力的で、ぼくもこのような话し方ができるようになりたいと思いました。お金の使い方がちゃんとしていると思いました。大学の运営费を、本当に学生のために使っていると思います。

    仆も、日本大学芸术学部にもっとたくさんの外との交流があれば、もっとたくさんのひらめき、良いデザインが生まれると思います。日産の5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆になったカルロス?ゴーン氏は、「ひらめきとは交流と组み合わせによって変わる。」と言っています。つまり、毎回同じ刺激、毎回ニーズに答えるだけのデザインでは面白いものは生まれないのです。

    様々な交流と组み合わせによって、まったく新しいモノが生まれるのです。その证拠に、スティーブ?ジョブス氏は、コンピューターとアニメーションという组み合わせと交流によって、ipod, iphone, ipad という今までに类を见ない画期的なデザインを生みだしました。これが、比较的欧米の大学には多い気がします。また、最近は自主的に自分の卒业制作?论文のテーマについて思考を巡らせております。日本から持ってきたハンナ?アーレントの「人间の条件」を読み、日本の崩壊した中规模コミュニティの再生について何か方法はないか、考えています。人间に絶対に必要なコミュニティ、アイデンティティ、帰属意识というものが、今の日本には见出しにくいような気がします。「向こう三轩両隣」なんて言叶も、今では何のリアリティもなくなってしまいました。地域の子供会やお祭りも、どちらかというと地域の人同士の交流が目的と言うよりは、形式的なものになっています。他人との交流は、义务ではなく、本来楽しいものなのに、それが感じ取りにくい状况があります。もう一度、他人と交流する事の楽しさ、つながりの可视化みたいなものを考えていけたらなと思います。

    また、大学の休暇を使って、2月21日から4月4日まで、约6周间かけて、ヨーロッパを縦断しようと思います。ポルトガルのリスボンから、オランダのアムステルダムまで、自分の専攻の建筑を巡る旅を予定しております。现代建筑から、古い街并みまで、その现地に赴き、その土地の物を食べ、その土地の空気を吸い、その土地の人々と交流したいと考えています。
    アーティスト坂口恭平の「0円ハウス」。廃材で作られた小さなコミュニティです。ピアニストの方が1ヶ月住んで、毎日ピアノを弾いています。様々な年齢层の人たちが、くつろぐ経済活动とは何の関系もない、新しい公共のカタチです。

    2013年1月1日

    今月は様々な事が起きた1カ月でした。その中でも、一番印象に残っているのは、日本と韩国で行われた选挙です。日本では、国会议员の选挙。韩国では大统领选がありました。倾向としては、どちらも右に流れつつあります。ドイツという第三国から政治を见极められる良い机会ということで、こちらにいる様々な国の人たちと少し话してみました。まず、初めに、前民主党政権による原発事故後の対応、このイメージはドイツでは最悪です。福岛県民は今すぐに県外退避をすべきだと、こちらのメディアは言っています。もちろん、何が真実かは分かりません。チェルノブイリより危ないという人もいれば、大丈夫だという人もいます。しかし、放射线というのは目に见えません。これが、キーポイントだと思います。つまり、目に见えない、もし浴びた後で、どのようになるのかわからない。いわゆる、実験体みたいなものです。どうなるかわからないけれども、まぁ、大丈夫でしょう、なんくるないさ~みたいな感じです。これは、まずいと思います。政治が机能していない证拠です。国民のための政治というよりも、高度资本主义社会を継続运営するためのものになっています。一部の人の金储けのための社会になっています。もちろん、ドイツだって完璧とは言えません。5亿彩票注册登陆5亿彩票注册登陆(ヨーロッパ连合)での问题は山积みです。しかし、一番の违いは、これは文化や国民性かもしれないのですが、议论ができるか、できないか、の违いです。これほど、情报が多く、人も多い社会の中で、自分の思っている事をはっきりと主张して、様々な分野の人と议论をしていく。いわゆる、议论のできる「出る杭」をもっと日本にも増やすべきだと思います。出る杭は打たれる、これでは、皆、同じような意见しか言わない人间ばかりになってしまいます。

    长いものに巻かれろ、というのは、非常に独裁に近い状态なのです。ぼくのシェアハウスには、テレビがありません。これらの情报は、ベルリン自由大学の政治学の学生たちと议论を重ねて気づいたことです。仆の専攻は、演剧や建筑ですので、政治の事は详しくありません。しかし、日本の将来を真剣に心配する気持ちは、人一倍あります。仆たちは、まず、今の世界、社会の「システムという枠」を勉强すべきです。今の世界がどのようになっていて、どのような罠があって、どのような限界があるのか。これができているのは、こちらの学生です。もちろん、すべてとは言いませんが。仆は学部3年ですが、今の日本にいる学部3年生たちは、いかに就职できるか、倾向と対策、いかに自分をアピールするのか、などにしか兴味がない本当に就职ロボットになっています。だれも、ジョージオーウェルの言った「1984年」みたいな世界を考え、危机感をもって生きている人は少ないと思います。自分で考える事を忘れた人间たちは、懐疑的に、批判的に物事を见るのを忘れて、人间らしく生きることさえも忘れてしまいます。ぼくは、この人间らしく生きるというのは、喜怒哀楽があって、自分の事は基本的に自分でやって、自分の目で物事を见极め、见定める、これが自主自立の出来た人间だと思います。

    これが、5亿彩票注册登陆の最终的な目标だと思います。大学受験や就职が目标ではないと思います。
    自分を大切に、たったひとりの自分なのだから、もうちょっと、いろいろな选択肢を见つけ、自分の体験をもとに生きていく、これが大事だと思います。

    そういう意味では、仆の今勉强している「演剧学」はとても良い学问です。演剧というのは作家の一つのメッセージがあって、それを「演技」という方法で媒介して観客に伝えるわけです。この间、5亿彩票注册登陆eutsches 5亿彩票注册登陆heatherにて、アーサー?ミラーの「5亿彩票注册登陆ll 5亿彩票注册登陆y 5亿彩票注册登陆ons」を见てきました。テーマも家族と社会。资本主义と戦争。里切りと责任、と考えさせられることが多く、とても浓密な时间を过ごせました。少し、あらすじを説明しますと、飞行机部品工场の社长であるジョーは、家族のために、欠陥部品であることを承知で、しかし、军からの催促と时间に间に合わない事を理由に、アメリカ军にその部品を邮送してしまいます。しかし、それがもとで21人のパイロットが坠落事故で死んでしまうのです。しかし、ジョーは、その责任を部下に押し付け、ジョーは、何度も、「家族のためにやった。」と言っています。

    つまり、家族のために、结果的に21名の若いパイロットの命を夺った。これは、许されるのか?ということなのです。それをもとに、真実を知ったジョーの二男が自杀をします。最终的には、ジョーも自杀をします。これは、まさに、今の社会を映し出していると思います。アメリカの军需産业などは、戦争がないと金储けができません。结局、世界の至る所で、アメリカの関わっている纷争、戦争が絶えません。军需産业の社长さんは、「自分の家族のために、中东の人たちをたくさん杀した。」というのでしょうか。
    もし、そうなら、それは许されることなのでしょうか。そもそも、この高度资本主义社会と消费社会、民主主义の限界にきていると感じる今日この顷です。

    次年度派遣候补生へのアドバイス
    ?自分の今までの情报入手手段を一度疑った方が良いと思います、インターネットや本、テレビや、人からの情报、様々な情报のなかでも、自分の目で触れ、自分の体験をもとにした情报が一番力を持っていると思います。リアリティのない情报では、言っている自分も不安ですし、他人への説得力もありません。とにかく、百闻は一见に如かず、です。自分の足で立って、自分の今、目の前にあることを信じる、事が大事だと思います。

    ?昨日、韩国の友达と、歴史认识の违いや、竹岛の问题について、议论をしました。ここで注意しなければならないのは、だれも中立的な立场の人间はいないということです。
    だれしも先入観はあって、自分の民族は间违っていないと考えています。しかし、宫崎骏の「もののけ姫」でもあるように、「昙りなき眼で物事を见极め、见定める」、この事が今の时代には必要だと思います。あくまで、目标は平和的建设的解决方法です。感情や憎しみを表に出しては、何も解决はできません。
    韩国の留学生达と様々な事について议论しました。

    2012年12月3日

    演剧学のゼミナールにて、レポートの课题が出されたので、実际の演剧を见に行って、そのあと自分の记忆を頼りに、思い出しながらドイツ语でレポートを书いています。
    これを一学期で3回、ゼメスターの终わりにまとめのレポートを一回、计4回提出すれば単位はもらえるそうです。

    しかし、最近疑问に思うのは、学问はなぜ理论中心なのかということについてです。
    つまり、「演剧学」というのは、「演剧」とは违うのです。たとえば、この间、一つの演剧を见てきました。素直な感想として、全然その演剧の主旨が理解できませんでした。
    演剧の终わった後、アーティストトークとして、その俳优さんがお话をしていました。
    しかし、それは、ものすごくおもしろいのです。その俳优さんはいろいろな事を考えているのですが、それが実际の演剧には表现されていないのです。つまり、彼は、演剧学者であって、エンターテイナーではなかったのです。しかし、観客はそんな事知りません。その演剧を见て、おもしろいか、おもしろくないのか判断します。アーティストというのは、自分の作ったもので胜负しないといけないのです。

    「学问」というのは本来、実践を生かすための理论であるはずなのに、今の世界では理论が一人歩きしているように思います。これは、他の学问でも言えることではないでしょうか。建筑と建筑学。音楽と音楽学。映画と映画学。
    もちろん、理论なしで実践ができるとは思っていません。しかし、理论だけでは、人は感动しません。人の琴线にふれるような「+α」が必要なのです。私は将来、建筑学者ではなく、人に感动を届けられるような「建筑家」になりたいです。

    次年度交换留学生へのアドバイス
    ? ドイツという国に3カ月もいると、性格もドイツ人のようになり,论理力や理论を好むようになります。つまり、自分の日本っぽいところが少しずつ消えていきます。ですので、自分の在所、所在(アイデンティティ)の丧失みたいなことが起こります。しかし、それは普通の事です。むしろ、その「悩み」こそが、留学の醍醐味みたいなものです。悩みなしの留学はありえません。心理学者のレヴィンは、マージナルマン(境界人)という概念を使い、そのような状况におかれた人间を、二つ以上の异质な社会や集団に同时に属し、両方の影响を受けながらも、そのどちらにも完全には帰属していない人间、と定义しました。不安定で动揺しやすい一方で、一定の社会への単纯な融合ができないことから、相対的に啓蒙された存在でありえ、创造性を内包する可能性を持つ、と。
    ドイツ人の友达とお気に入りのバーへ。5亿彩票注册登陆euk?ln と呼ばれるベルリンの中でも移民が多い地域です。ビールはポツダムで作られた地ビール。甘い味がします。

    2012年11月3日

    ゼメスターも始まり、2つの演剧学の授业をベルリン自由大学にて、建筑の授业を聴讲生としてベルリン芸术大学、ベルリン工科大学にて受けています。それと、ドイツ语の授业とスポーツ、タンデムプログラム、つまり日本语を勉强しているドイツ人の女の子と一绪に周に一回、お互いの言叶を教え合っています。なかなか、読み物も多く、理解するのも大変ですが、それだけに时间をとられるのではなく、ベルリンという素晴らしい场所にいるチャンスを生かして、本物のオペラを见に行ったり、演剧を见たり、様々な経験を通して、见闻を広めております。

    また、そうした中で身につけるドイツ语の方が、机の上で勉强した时よりも、しっかりと头に焼きついております。つまり、言叶の勉强も、一人で家で机に向かうのではなく、现地の人たちと生活を共にしながら身につけていく学习方法のほうが、絶対に良いと思います。

    昨日、演剧学の先生が、「君たちは大学という场所に何を求める。」という质问を宿题にしました。「大学」という场所は、自分の今までの固い头を、より柔软に、より広い视野にする场所だと思います。そのための、ディスカッション、意见交换だと思います。しかし、意见交换というのは、最终的には、5亿彩票注册登陆ufheben(止扬)して、お互いの意见の対立関系より、さらに上の次元でそれらを统合する必要があると思います。つまり、自分の言いたい事だけ言っているようでは、议论は前に进まないので、やはり最後は、お互いに良い意味での妥协をして、折り合いをつけていく。それが、人と人の関系で成り立っている社会で生きていくことなんだと、最近考えます。
    ベルリン近郊のポツダムまで留学生达と远足。写真はオランダ地区と呼ばれるポツダムでも一番美しいと言われている。电柱がないので、空がすっきりと広がります。

    2012年10月4日

    ドイツ语コースもいよいよ终盘に入り、冬ゼメスターの准备で忙しい毎日を送っています。现在,大学の讲义科目の履修登録期间中のため、膨大な数の讲义から自分の受けたい授业を选ばなければなりません。ドイツ语のレベルは、上达しているのかわかりませんが、日常生活ではほとんどドイツ语を使って、过ごしています。こちらの生活にも惯れ、シェアハウスにもイギリス、フランス、ドイツからの新メンバーが加わり、にぎやかになってきました。ただ、朝のトイレなどは顺番待ちです。

    午前中はドイツ语コース、午後は、ドイツ语コースの様々な行事に参加しています。
    美术馆や歴史ある地区の街歩き、パーティーや演剧ワークショップなど、ほとんど毎日参加しています。ベルリンは、今ヨーロッパの中でも最も热い街といわれています。しかし、その背後には、暗くて重くて悲しい歴史があることを忘れてはいけません。

    実际に现地への访问を通じてナチスや旧东ドイツの非人道的な行为を学ぶ中で、それはドイツ人の恐ろしさではなく、人间の恐ろしさであると実感しました。强制収容所の见学をしたときは、吐き気がしました。建筑を勉强している者として、このような建物は絶対に建ててはならないと思うと同时に、建物よりも、そこで行われてきた残虐な行为(ソフト)について考えなければならない、と感じました。それは、决して过去の遗物ではなく、现在も进行中の问题としてとらえなければならないと思います。戦争は终わったわけではなく、今でも中东や世界の至る所で行われています。尖阁や竹岛などの问题も軽视できません。重い歴史を学ぶ中で、少し感情的な私にとって、辛い时期ではありましたが、様々な国の留学生たちと意见を重ねる中で、自分にできることは何なのか、考えることができました。
    ベルリンの壁の前で留学生达と。ドイツ语コースの一环でベルリンの壁を见に行きました。壁は一枚ではなく、二重构造になっていて、たとえ运良く一枚目を乗り越えたとしても、二枚目を飞び越えるのは不可能と言われました。

    2012年9月5日

    ベルリンに到着してから、10日目が过ぎようとしています。最初の6日间は、ベルリンの中心部のドイツ人の友达の家にお世话になり、学生寮の入居日である9月1日に引っ越しをしました。昨日から、ドイツ语コースが始まり、クラス分けテストで、中级レベルの5亿彩票注册登陆1クラスに何とかぎりぎり入ることができました。

    5亿彩票注册登陆ohngemeinschaft(=シェアハウス)での生活も惯れてきました。5人住んでいて、各个室と共同のキッチン、トイレ、シャワー、リビングルームがあります。しかし、共同キッチンは、皆、自分で使った皿やコップ、フライパンを洗っていないので、ポーランド人のマルタさんと今後のキッチンの使い方について议论しました。ここでは、议论しないと、やっていけません。ドイツの秋が访れようとしています。
    学生寮の近くの湖5亿彩票注册登陆annseeの写真です。
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